自分の器の小ささに、辟易することがあります。
些細な出来事に、むきになってつっかかる。
ちょっとした言葉に、腹が立つ。
他人の何気ないふるまいに、イライラする。
ちょっとした失敗で「ああ、駄目だ」とあきらめる。
そんな自分を自覚すると、自分を嫌いになります。
これを"自己嫌悪"といいます。
器の小さい自分を感じて"自己嫌悪"になるのは
器の小さい自分を受け入れられない「器の小さい自分」を
再現しています。
器の小さい自分を認識して"自己嫌悪"のままで終わると、
器は小さいままとなり、同じ現象が延々と繰り返されます。
この延々と続くサイクルから脱出を試みてみたいと
思います。
まず、この無限に続く自己嫌悪の構造を、よく知ってみましょう。
器の小さい自分に、器の小さい自分をかぶせて
嫌な気分になる。そしてまた同じことを繰り返し嫌な気分になる。
"自己嫌悪"することに何か意味があるのでしょうか。
よーく考えてみましょう。
なんとなく、アホらしくなってこないでしょうか。
嫌な気分をずっと引きずるわけです。
このアホらしさが分かれば、手放せる段階にはいったことに
なります。
このプロセスを内観といいますが、心の条件反射を"じぃ"と
スローモーションで観察しているのです。
すると、意識は心の反応を観察し成長を始めます。
心理学ではこれをメタ認知いいますが、
内観をすることで、メタ認知力が磨かれているのです。
内観を通して、自己嫌悪の構造を手放す準備ができたら、
今度は自分の器の小ささを受け入れます。
器が小さい自分もまた自分です。
可能性を秘めた可愛らしいキャラクターです。
と、喜劇の主人公のように、自分を笑いながら見てみる。
そして、次が大事です。
自分の器が小さいと感じている自分自身は、
器の大きさを知っているということ。
小さいを知っている人は、大きいを知っている。
片方の極だけ知っているということはあり得ない。
自分が悪人と分かっている人は、自分の心の中に正義が
あるのです。
つまり、器が小さい自分がいるとわかった時点で
大きな器を知っている自分がいるということ。
自己嫌悪になった時点で、既に器が大きい自分がいます。
このように自分を感じながら、同じシーンがもう一回あったら
どんな風に対応するのか、シミュレーションをします。
すると、もうイライラしたり、クヨクヨしている自分では
ない何とも逞しいシーンが目に浮かびます。
一度シミュレーションをしていると現実に同じような
シーンに出くわしても、今度は違った対応ができるよう
になっています。
シミュレーションをした時、
1年間を振り返ってみると、たくさんシミュレーションが
できるネタがありそうです。
年末に1年を振り返ってみましょう。
心の大掃除ができそうです。
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2011年の場活通信は今号で最終になります。
1年間、ご愛読をいただき、ありがとうございました。
今年は100号も達成できました。
場活を発信しはじめて3年。
お陰さまで場活は、日々進化をとげています。
来年も読者の皆さんと場活を楽しく共有できることを
願っています。どうぞよろしくお願いします。
それでは、よい年末年始を! 泉一也

